『自分美学』:メディテーション絵画
「ひとは誰でも畳の上で大往生をとげたいと願っているだろう。家族か知人に見守られて静かに死んでゆきたいと考えるだろう。一生に一度、死というものから脱けきれない以上、その死を平和なものにしたいと願うのは当然である。しかし、私は、雪と氷に閉ざされた山岳地帯で、あるいは流氷の浮かぶ海の果てで死にたいと願っている」
と言ったのは、日本の小説家、児童文学作家の戸川幸夫。動物に関する正しい観察・知識を元にして動物文学を確立させた、明治生まれの人。
彼は、人がどう思うかを気にするよりも、自分を生きることを大切にした人でした。
戸川にとって、原始の世界が招く魅力は、なにものにも替えがたいもので、たとえ、苦しくて雪道にぶっ倒れても、たった一人とり残されてもいい、と言い切ることができました。
自分を生きる‥‥自分の美学を生きる。
生き方から死に方まで、自分だけのストーリーを持っている人でした。
戸川幸夫と同じように、自分の生き方から死に方まで、ストーリーを描き、
先月、米寿で亡くなったオーダー絵画のオーナーがいました。
絵のオーナーであるTさんと私は、母と娘ほどの歳の差がありましたが、なぜか「幼馴染の〇〇ちゃん」と呼び合うようになりました。きっかけは、Tさんの顔を見て笑いが止まらなくなった私にすっかり困惑して「変な子ね。‥‥、きっと前世は幼馴染だったからね」から始まりました。
最初はごく普通に交流会でお会いしたのです。その後、お茶をして意気投合。Tさんが主催する会に呼んでいただきました。すると、その日はなぜか目が合うたびに、私に意味なく「ははは」と大胆な笑いが込み上げてくるのです。
Tさんは、使用人がいるようなお家で育った家柄が良い方で、主催する会で「姫さま」の愛称で呼ぶ人もいる人でした。だから、最初は「失礼ね!」と怒ったのですが、私の方は、んぜかその日笑いが止まりません。目が合うたびにただ笑いが込み上げるのが、Tさんにも伝わっていき、最後に、Tさんと私は「前世の幼馴染」になりました。
その後、ラスベガスにビジネス旅行に出かけた後にお会いしたり、互いの主催する会に出入りしたりの関係が続き、亡くなるまでのお付き合いは、10年前後。まさに幼馴染のように、言いたいことを言い合い、時に絶交し、でも、ケロッとしてまたお茶をのむ‥‥友達としてのお付き合いでした。
Tさんのオーダー絵画を描くきっかけは、突然訪れました。
お会いして数年経っている頃。いつものようにお茶をしている時に突然、「ゆかちゃんに絵を描いてほしいって、今思ったの。描いてね」と頼まれたのです。
「持ち歩ける絵がほしいの。軽くて、バックに入れて持ち運べるようにできる?」
「手帳サイズで、絵を保護するアクリル板に入れて、
楽々持ち運べるようにできますよ」
と伝えると、
「じゃあそうして。
幼馴染に頼むから、セッションは要らないの。
エネルギーを入れてね。
どんな絵かは、
全部お任せするわね。
絵をとっても楽しみにしている。
完成してから、ゆっくりとお茶を飲みながら絵を見て
お話できるのを楽しみにしているからね」
と、ワクワクした顔で言いました。
しかし、です。
その絵がTさんのバックに入って移動したのは、
その日の帰り道だけでした。
絵をお渡ししたあと。Tさんからメールが届きました。
「幼馴染のゆかちゃん。あのね、絵を仏壇に置いたら、そこに根が生えてしまったの。
持ち歩く絵じゃなくて、仏壇が定位置の絵だったわ」
自分が感じた通りに行動に移すTさんらしい言葉でした。
しかし、亡くなる前、一度だけTさんらしくないことがありました。入院して、その後ホスピスに移ったから、落ち着いたら住所を伝えると連絡があってから、一向に居処を伝えてこないのです。
いつもおしゃれで凛とした「姫」らしいカッコよさを美学にされていたので、躊躇しているのかもしれない‥‥。幼馴染として、「会を主催したり、たくさんの人に囲まれてきた人なのだから、もっと皆様にお知らせしたほうがいいと思う」と、率直にTさんにメールでお伝えすると、「わかった。ここにいるから、きてね」と、ホスピスでお会いすることになりました。今から振り返ると、亡くなる一週間たらず前のことですが、凛とした佇まいで、まるで喫茶店で話すかのように、ホスピスのベッドにポータブルのテーブルをおき、テーブルを挟んで椅子のように起こしたベッドのTさんと椅子に座った私は2時間、幼馴染そのものに、最近の愚痴から楽しかったこと、近況まで様々に話をしました。
話終わった後、Tさんから「一緒に写真を撮って」
と、抱き合うように一緒に写真をとりました。
SNSに投稿すると、たくさんの反響がありました。
亡くなった後に、Tさんの長年のご親友から
「Tさんは、ご自分で
お葬式もお墓も後片付けも全て仕切られて。
カッコ良過ぎだろ!って二人で笑い合った」
と聴きました。
Tさんも、
自分を生きる‥‥
生き方から死に方まで、自分だけのストーリーを持っている人でした。
Tさんのオーダー絵画は、
仏壇に根付いたと同時に、公開しないオーダー絵画となりました。
そのため、
代わりに、メディテーション絵画を見ながら、
ご自分の人生のストーリーを思い描いていただけたらと思います。
『自分美学』:メディテーション絵画