答えの手前にあるものを受け取るということ
新しいものと古いもの。
それが交差する場の風景に、私は惹かれます。
古びたものの中に、新しい気配が差し込んでいること。
逆に、新しいものの中にも、すでにいくつもの時間が折り重なるように感じられること。
そうした場には、ただ整っているだけではない、生きた層のようなものがあります。
私は、そうしたものに昔から強く惹かれてきました。
そしてその感覚は、私が長く続けてきた《対話できる絵画®》の制作の核にも、どこか深く通じているように思います。
交差する場に惹かれる
そこには、一刻一刻と刻まれていく時間がある一方で、以前の積み重なりが整理されないまま、層となって残っているものがあります。
そこには、生きているような揺らぎや、まだ動ききらずにとどまっている余白、そして何か別の形へと開いていく可能性が残されています。
私は、そうしたものに強く惹かれてきました。
それは単なる風景への好みではありません。
きれいに整理され、説明しやすくなったものだけではなく、まだ途中にあり、まだ定まりきらず、しかし確かにそこにあるもの。
そうしたものにふれることが、私にとって長く大切な感覚でした。
《対話できる絵画®》は完成図共有型ではありません
その感覚は、《対話できる絵画®》の制作にもそのままつながっています。
対話できる絵画®は、あらかじめ「こういうふうに描いてほしい」という完成イメージを共有し、その通りに絵を仕上げていく仕事ではありません。
絵画と対話を通して、まだ言葉にならない違和感や構想、原点やビジョンの手前にある感覚にふれながら、その人の中にあるテーマや感覚を少しずつ受け取り、絵として定着させていく制作です。
対話の時間は、単なる確認や要望のすり合わせでは終わりません。
まだ整理されていない感覚にふれ、どこに主題の入口があるのかを探っていく、制作にとって大切な過程でもあります。
答えの手前にあるものを受け取る
このとき大切なのは、すでに整理され、言葉にできるものだけを扱うことではありません。
むしろ、まだ輪郭を持ちきらないもの、答えの手前にあり、本人にとっても十分に言葉になっていないものに、静かにふれていくことが必要になります。
すぐに結論へ向かうのではなく、ときに立ち止まり、ゆっくりと受け取ること。
その過程の中でしか見えてこない主題があります。
言葉にならないものを拾い上げること。
身体感覚から長年積み重ねてきた感覚をもとに、絵を通じてそれを徐々に浮かび上がらせていくこと。
それこそが、私の役割だと考えています。
一枚の絵に定着させるということ
一枚の絵は、単に見た目として完成していればよいものではなく、その人の中にあった、まだ十分には言葉になっていなかったものを、ひとつのかたちとして受け止め、定着させる器でもあります。
私は、そうして受け取られたものを、一枚の絵の中に定着させてきました。
答えがはっきりしたあとに見えるものだけではなく、その手前にあるものを受け取ること。
静かに、時にゆっくりと、まだ輪郭を持ちきらないものにふれていくこと。
私は、これからもそうしたものを大切にしながら、絵画と対話を通して、その人の中にある主題を少しずつ受け取り、一枚の絵として定着させていきたいと思っています。
