「絵を描いてもらう間に、自分が変わってしまうのではないか。
描いてもらう絵が、欲しくなくなるのではないか」
と心配する人がいます。
確かに、ほしいものは変わります。「昨日、カレーが食べたかったのに、今日は刺身が食べたい」とか、誰でも起こります。でも、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、ワクワクしたり‥‥という、【感情】。
幸せでにっこり微笑む。悲しくて泣く。傷つけられて怒る。楽しくてワクワクする。【感情が日々変わる】のは同じです。
その感情と上手に付き合う方法を、絵を通じて手に入れられます。
‥‥ちょっと飛躍しました。
私自身も、最初は驚いたのです。
美術大学出身ですから、絵の構成などは勉強しましたが、教育心理学など教員免許を取るためにかじっただけ。もちろん、絵が好きで感動するから、心に影響があるのは知っています。でも、感情と上手につきあう方法までサポートできるとは思いませんでした。
しかし、オーダーを描いていく中で、クライアントたちが気づかせてくれました。
例えばAさんは、「絵に緑色がほしい」と感じました。緑色といっても、若葉のような色からメタリックな輝く緑など、質感から色の濃さまで実にさまざまです。でも、画家と違って普通は「自分が好きな緑色っていったいどんな色だろう?」と深く考えることはありませんし、色の種類も知りません。だから、一緒にどんな緑色が欲しいのかを考えていきました。
すると、「自然が好きだからだ」と気がつきました。さらに「なぜ自然が好きなのだろう?」と自分に問いかけてもらうと、緑に接するのが自分をリフレッシュしてくれるのがわかったのです。
視覚や聴覚などの五感、さらに筋肉など体の内部まで‥‥、感覚は、快や不快、好ましい、美しいなどの感情とつながっています。脳は、感覚と感情は結びつく構造。扁桃体など哺乳類脳や情動脳と言われる部分、大脳辺縁系の働きです。
「毎日眺めたい絵はなんだろう?」シンプルな問いを、玉ねぎの薄い皮を一枚一枚剥がしていくように、心の奥へと投げかけていく。その一歩一歩を自覚することで、感情を客観的に眺めることができるのです。
次に、行動へ目を向けてもらいました。緑がリフレッシュに繋がるのならば、絵をみるとともに、毎日の中で自然をみる時間が作れないかと提案したのです。当たり前にやっていることを、他人目線でふりかえってもらいました。すると、朝の時間を調整すれば、近所の緑豊かな神社を通って通勤時間できるのがわかりました。
「毎朝きもちいい!今まで20年もここで暮らしてきたのに、なんで気がつかなかったのか」Aさんは驚いていました。
効率を考えて仕事優先できたので、まわり道をして自然を楽しんでいいとは思いつかなかったそうです。しかし、神社に寄り道を始めたら、とても気分が良く仕事ができるようになって、効率も上がったのです。
私たちは普段、見たり聞いたり触ったり、感覚で世界を味わっています。しかし、会議中に「なんて座り心地がいいのだろう」と会議室の椅子に注意を向けたら仕事になりません。気づかないように、感覚を閉じています。満員電車や人混みなどでも同じです。
閉じることで、自分を守っているのです。
守ることが習慣になると、感情を解き放っていい時を忘れることがあります。でも、適切な時に解き放つと大きな力を与えてくれるのです。
Aさんの絵は、さらに、祈りや新しい目標への胸の高まりなど、さまざまな感情に結びついていきました。同時に、花々が咲き乱れる色彩豊かな作品へと変化していきました。
実は、この絵は龍が出発点でした。人を統括する日々だからこそ,切実に新たなステージに向かいたい。そのための龍がほしい。そこから、従来の龍のイメージを覆す作品となっていくのですが、それはまた別の物語です。