絵が新たな人生への扉を開くメッセージを教えてくれる理由

「門間氏の手慣れた技巧が破たん無く結晶していてうれしくなりました。」

そういって、ハガキ大の作品を買った人がいました。

その人の職業は、仏師でした。仏師とは、仏像を彫って、お寺などに納めるプロの芸術家。仏像を彫るために、アトリエで何十年も過ごしてきた人です。

仏像を掘るためにノミをとる感触から、筆を走らせる技巧を感じ取ったのでしょう。さらに、Iさんの【技巧】という言葉には、<単なる技術>以上の意味があります。作品づくりはこころも映し出すからです。

作品づくりの技巧、つまり技術上の工夫には、【自分らしさ】が欠かせません。自分を表現することで、観る人に言葉以上のものが伝わるからです。

だから私は、鉛筆一本も、心地よいものを選びます。好きなのは、ユニの3B。アイデアが一番湧いてきます。ハイユニという上のグレードもありますが、合わないので使いません。高価だからいいわけではないのです。自分に馴染み、力を最大に発揮できるのが大切です。

ただの鉛筆選び。されど鉛筆選び。何気ないスケッチを描くための一本の鉛筆が、最後に出来上がる作品を左右するくらい影響を与えるからです。

たった一本の鉛筆ですが、絵に魂を込めることを助けてくれます。作品の中に、気持ちを写し込んでくれるのです。そして、写り込んだ作品は、観るひとに感情を共鳴させます。言葉で言わなくても、絵が語ってくれる。技巧の持つ、最も不思議で深い真実です。

Iさんが選んだ絵も、ある朝のスケッチが元になっていました。それは、私の人生を左右する、重要なものになりました。

ふと思い浮かんだイメージを走り書きしたのが最初でした。

抽象的なイメージで、自分でも意味はよくわかりませんでした。ただ「描く必要がある。そして、きっと、作品にしたらイメージの理由がわかる」ことだけは、直感しました。だから、「意味のわからないものを描いてもしょうがない」とは思いませんでした。走り書きからイメージを膨らませました。そうすると、色のついた構想が浮かび、イメージがまるで生き物のように、少しずつ育ち、発展していきました。

そうして、まるで導かれるように作品にしてみると、イメージの意味がわかりました。

「決意を秘めて新たな人生へ船出すれば、新しい港に辿り着ける。次のステージの扉が開く」というメッセージだと気がついたのです。それは、迷いをなくす、自分の背中を押してくれる言葉でした。そして、ストンと腑に落ちて、私はその時、言葉通り新たな人生に踏み出したのです。

無意識の自分が届けてくれたのか、天からのメッセージなのか。理由は関係ない、と感じました。ただ、「そうだ、踏み出せばいいのだ」と、確信できるだけで十分でした。それは、2009年のころ。主な発表の場だった画廊から、一歩離れた方がいいのではないか?自分の手で届ける方が本当に必要とする人に届くのではないか?と、いつも悩んでいました。

そして、「踏み出して大丈夫だよ」という絵のメッセージを受け取って、扉を開いた後、人生が変わりました。実は、この体験が、オーダーに大きな影響を与えています。一人ひとりに向かい合うと、時に、「こんなイメージが浮かぶのはおかしい」「意味がわからないから、無視したほうがいいのではないか」と、クライアントが悩んだり、驚いたりすることがあります。その時に、「イメージは育つのですよ」「たとえ奇妙に見えても、意味がわからなくても、大丈夫ですよ」と信念を持って伝え、支えることにつながっているのです。

大きな節目となったイメージは、その後毎年のように繰り返して描く題材になりました。人生の船出。新しい扉。その感覚を象徴するために、【航海】シリーズと名づけました。

さらに、この絵には後日談があり、作品を他の人に見せると、不思議と聖なるものと結びつける感想が寄せられました。

「富士山のように見えます」「 シナイ山といって、旧約聖書の「出エジプト記」に記されている、イスラエルの神エホバがモーゼに十誡を授けた山に見えます」「フランスの小島に立つ修道院、モンサンミッシェルに見えます」など声が寄せられました。

Iさんが購入した絵は、このテーマを2015年に描いたものです。

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