ハッピー・リンク|

「会社の10周年記念に龍の絵が欲しいけど、どんな龍がいいのかわからない」と、Wさんが訪れました。Wさんは、ヘア&メイク、着付けなどの事業を展開している社長です。
「どんな龍がいいかわからなくても、大丈夫ですよ。セッションの中で、ひも解いていきます」と伝えると、Wさんは、笑顔になりました。話をするうちに、視覚からものを捉えるのが得意なのが伝わってきました。そのため、今までの作品集を見ながら、理想に近い龍を一緒に探しました。

人は、情報の受け取り方の得意不得意があります。例えば、Wさんは、視覚優位。視覚からの情報収集・理解を得意とするタイプです。他に、聴覚からの情報収集・理解を得意とする聴覚優位、体感したり、行動したりすることからの情報の収集・理解を得意とする体感優位などがあると言われています。

たくさんの龍からWさんが目に留めたのは、モノトーンで螺旋の金龍でした。そのため、金龍にこめられた想いと、どのように想いを色や形に置き換えて描いているのかを解説しました。
そして「金龍をヒントに、何が浮かびますか?」「今、色は何が浮かびますか?」と、何気なく聴きながら、楽しく話していただくことで、自然に答えを導くのが、ビジョンクリエイターの役割です。すると、Wさんは、金龍を手がかりに、欲しい龍を一つ一つ言葉にできるようになりました。

Wさんが好むモノトーンの画面。色が微妙に入り混じった龍。10年、そして、その先に登っていく昇龍の姿が、浮かび上がりました。

アトリエに戻って、最初の構想画を描きました。イメージを絵に表現するのが、画家の役割です。
次のセッションで、それを見ながら、Wさんに、思うままを話していただきました。すると、Wさんが描いてほしい龍が変わりました。

「モノトーンの龍を見ていたら、パステル色の中にいる白龍が浮かびました。良いことも悪いことも全て飲み込んで円にできる柔らかいイメージです」

モノトーンの龍から、白龍に変化したとともに、Wさんの想いが【円】に表現されたことが伝わってきました。セッションが進む中で、思いをイメージに置き換えられるようになっていきます。すると、10周年記念への想いもさらに、掘り下げられていきます。

セッションを受けて描いた下絵は、パステルカラーの中に弧を描く白龍になりました。すると、Wさんのイメージは、さらに動きます。Wさんは、一つのイメージを見たら、次のイメージが湧くタイプでした。そして、イメージが湧くごとに、想いが深まっていきました。

「下絵を見ていたら、どろっとしたパープルを入れると、悪いことも【まる】にできるような気がしました。
そして、竜の鼻先が上を向いて水先案内がいる方がいいと浮かびました。
誰もが持っているお腹の中の黒い部分。悪いことというか、理性で抑えている部分とでも言いますでしょうか。それも飲み込んで【まる】にできる・・・・。
関わった全ての方々のお陰で今があります。人間だけでなく、犬猫も、です。思いを託してくれた同志、去っていった人、変わらずいてくれる人たち、これから知り合う人。関わったことで、生まれるさまざまな思いや気持ちが、入り混じって形になり、そして、変化し続けると思っています」

絵の依頼なのに、人として感じることや、経営戦略などを語る。それは、普通のオーダー絵画では考えられないかもしれません。絵のオーダーというと、「こういう絵を、これくらいのサイズで描いて欲しい」と想像すると良く言われます。
しかし、私は、クライアントの物語がとても大切だと考えています。だから、断片をつなぎ、軸を見出し、絵の技術でまとめていきます。Wさんの根底にある物語。人生、経営、世界観‥‥そこに、表現したい世界があるのが伝わってくるからです。

だから、どろっとしたパープルと鼻先と水先案内が、悪いことや課題や困難に向かい合い、龍が水先案内に導かれて進むイメージに、表現されました。

アートの魅力は、人生と同じで、答えがないことだと考えています。深いところからつくった作品が、いつでも何かを問いかけてきてくれる。絵と対話できる。飾って楽しむだけではなく、何か考えるきっかけになったり、考えが広がったりするのが、本当の魅力なのです。

完成した絵を手にしたWさんは、
「一年近くにわたり、自分の仕事を客観視して再発見できる貴重なオーダープロセスでした」
と目を輝かせました。

「全てがリンクして向上していけますように、『ハッピー・リンク』と名づけました」
絵の完成ともに10周年を迎えたWさんは、その後、夢に思い描いていたシンガポールにも進出しました。

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