「門間さんの絵を見て、オーダーに興味を持ちました。だから‥‥、ある理論に共感できるかどうかを聞かせてくれませんか?もしも、理解してもらえたら、オーダーしたいと思います。」
Sさんは目を覗き込むようにしていいました。
画家に理論?
読書は好きですが、どちらかというと文系です。
「実はこの理論は、わかる人とわからない人の二択です。わからない人には絵を描いて欲しくないのです」
ちょっとドキドキしてきました。「どうなるかわかりませんが、聞かせてください」
すると、Sさんは、話し始めました。「U理論といいます。2007年、10年の構想期間を経て、マサチューセッツ工科大学のC・オットー・シャーマー博士によって生み出された、『過去の延長線上ではない変容やイノベーションを起こすための原理と実践の手法を明示した理論』です。その対象は、個人から社会変革のレベルまで多岐にわたります。
3つのプロセスがあり、
最初に、Uの谷を下りて、自己観察をして、過去の思考を手放していく。
次に、Uの谷で内省して自分の源となる世界を知り、迎え入れる準備をする。
最後に、Uの谷を上り、直感をつかみ取り、行動に移すのです」
これを聞いた瞬間に、絵を描くときの創造的なプロセスと同じだと思いました。「絵を創るとき、先入観に囚われていないかいつも気をつけています。そうでないと、単なる思い込みで描き始めてしまいますから。その後に、禅のような透明な心持ちを大切にします。そうすると、自然に絵を描く方向性が見えてくるのです」と、画家の立場に置き換えて答えました。Sさんは、実感のこもった私の言葉に「良かった。ぜひ、私のオーダー絵画を描いてください。お願いします」と言いました。
「プレッシャーを楽しむアイコンとしての絵を描いて欲しいのです。
幼稚園からサッカーが好きで続けてきました。2003年から小学生のコーチを始めました。その中で、サッカー日本代表の監督だったオフト氏が、『アスリートは、アイコンタクトの瞬間にわかりあえるような、無意識のレベルでサッカーしている』というのを聞きました。そこから、ああそうか、技術は当たり前で、キーはメンタリティだと思いました。
そして、コーチとしての経験から、プレッシャーを楽しむメンタリティを伝えたいと考えました。だから、プレッシャーを楽しむというアイコン、象徴を依頼したいのです。
私が伝えたい相手は、スポーツにとどまりません。
気持ちを相手に伝えたいのにできない人。
もっと強くなれるのに弱気がでてブレークスルーできない人。
本当にやりたいビジネスがあるのに今のビジネスを辞められない人。
なりたい自分とのギャップを埋めたい、今を打破したい人幅広い人なのです」
「すでにイメージをお持ちですか?」
「はい、スパイラル、螺旋(らせん)のイメージです。
人は、あり方や状態は仮決めして一歩踏み出したら現実がかわっていく。それは、直線ではなく、スパイラルで上がっていく感じだと思うからです。
見る人がそれぞれ想像できて、いろんな状態のときにいろいろに見える‥‥、そんな多様なイメージを持たせるらスパイラルを描いてほしいです」
「横から見たり、斜めから見たり、上から見たり‥‥、スパイラルでも、いろんな表現ができます。どの角度からのスパイラルなのか、は、すでに思い浮かんでいますか?」聞くと、そこで初めてSさんはじっと考えました。
「そうですね‥‥。言われて見れば‥‥。スパイラルを、どう見たいのかが、今はピンとこないです」この言葉で、オーダーの出発点がわかりました。「複数の構想画を描きましょう。いろんな角度のスパイラルです。それを見たら、きっと、どこから見たスパイラルをアイコンにしたらいいかが選べますよ」と提案するとSさんの目が輝きました。「それは面白そうです!ぜひお願いします」
アトリエに戻って構想を練るのがビジョンクリエイターの出番です。あっという間に十を超えるスパイラルのいイメージが浮かんできました。そして、画家としてそれを画面に描き出しました。
次のセッションで描いた構想画群を見たSさんは、「実際に絵にすると、こんなにスパイラルの表現があるのですね!」興味深そうにじっと眺めました。そして、選んだのは、スパイラルを上から眺めたイメージでした。
その後、Sさんは、「選んだイメージをみて、アイコンのイメージは、男性的なのがいいなと思うようになりました。大切なサッカー、スポーツを思い起こさせる絵がいいです」完成するオーダー絵画が鮮明になってきました。そして、下絵では、情熱的なオレンジ色で表現することが決まり、本画で【変容】を象徴する紫色が加わりました。
そして、ついに完成した絵を目にした時。Sさんは、しみじみと「自分自身、スパイラルの道のりを歩きながら、一つひとつ、布石を打っていきます。そして、自分とその周囲の人と、みんなで夢を実現していきます」と言いました。