それは、311から10日ほどの時でした。まだ、時折余震がある中です。でも、だからこそ、完成した絵を受け渡したい。それが、Sさんと私の共通した想いでした。まだ緊張感が続く中なので、移動距離の中間駅にあるお店で待ち合わせました。
Sさんは行政書士で、社長。一見精悍な面持ちなのですが、笑うと人懐こい空気が溢れます。「自分の未来を応援してくれる肖像画を描いてほしい。スーツをパリッと着ているのがいいのか、Tシャツなどリラックスした私的な姿がいいのか、よくわからないので、門間さんに決めてもらいたい」という依頼でした。こういう時は、すぐどんな姿の絵がいいか決めません。どんな絵だと<応援されていると感じるか>は、Sさん自身の気持ちにあります。だから、Sさんに、今までの話、今、そして、将来の夢などを聞きました。
【その方の中にあるものを聞いて絵に変換して考える】ビジョンクリエイターとしての役割です。
話を聞いているうちに、スナップ写真などの話題も出てきたので、気に入っているものを見せていただきました。私的な写真の柔らかな笑顔を眺めているうちに「どうも仕事だとチカラが入って固くなりがちで」というSさんの言葉が浮かんできました。そして、この柔らかさを毎日心に思い起こしてもらうのがいい、と、提案しました。本来の自分に還る肖像画です。
真面目な人ほど、仕事に向かう時は、外に向けて注意が向きがちです。だから、ちょっとしたブレイクタイムに内に注意を向けて、本来の自分らしい姿をイメージして軽くふっと息を吐き出すと‥‥、余分なチカラが向けてバランスが取れます。
すると、万一、思いがけないトラブルにあっても、より適切に対応することができます。
そして、この後は、絵を描く画家の出番です。Sさんの素敵な未来を思い描きながらひと筆ひと筆、重ねていきました。顔はうっすらとやさしいほほえみを浮かべながら、まっすぐにこちらを見つめています。柔らかな魅力が仕事にも現れるように、ちょっと斜めを向いたポーズにしました。
古代ギリシア彫刻で例えるならば、重心がどちらか一方の足にある【クラシック期】の<
コントラポスト>のような動きのある肖像です。
そして、シャツにうっすらと木を描きました。それは、ゆっくりと育つ夢の木であり、成長情熱の印。後ろの光る黄色は、楽しい時もつらい時も、見守っている人がいるよ、というサインです。こうした最後の仕上げの頃に、311が起こりました。
いつにない大災害の後だからこそ、魂の肖像画を受け渡しするのが重要なのだと感じました。Sさんも、すぐに受け取ることを望みました。
互いの中間地点を待ち合わせとして、仕事帰りでも営業しているお店をWEBで調べました。しかし、実際に行ってみると、震災の影響で営業時間が短縮されていました。当時は、H Pを更新するなどできる状況ではなかったのでしょう。絵をチラリと見せられましたが、すぐに出されてしまい、空いている喫茶をなんとか探して落ち着きました。しかし、私は慌てていたのでしょう。前の店に携帯をおき忘れていました。それに気づくと、Sさんは「災害時は男子が動くものです。門間さんはここにいて」と、スッと取りにいってくれました。
その後、周りのお店もどんどん閉まっていく状況でした。だから、絵を見せて手短に話して別れましたが、絵を見た時、Sさんに満面の笑みが浮かんだのが印象的でした。
翌日、「携帯のお礼をメールで送ると、<携帯を取りに行ったことをすっかり忘れるくらいうれしかった>と返信が返ってきました。
「そういえば、携帯とりいきましたね(笑)
絵を受け取るのがあまりに嬉しくてすっかり携帯のこと忘れていました、本当に!家に帰ってすぐ、飾りました。その夜の間に何度もなんどもみて元気をもらいました。温和な自分の表情をみて、なごみ、癒されました。
絵とはいえ自分からいろんな物をもらうのは不思議な感覚ですね。これからも絵にお世話になると思います。本当に、すばらしいものを贈っていただき、ありがとうございます。」