『飛行機』|子供に向上心と優しさを与える将棋塾を予感させたい塾長の大きなガラス絵

/ カテゴリー: 対話できる絵画のもとになる絵たち

それは、今から考えれば、最初のオーダーと言えるかもしれません。2007年ごろ、「これからオープンする将棋塾のガラス窓に絵を描いてほしい人がいる」と紹介されたのがきっかけでした。

Oさんはその塾の塾長でした。優しい面持ちの人で、背が高くても威圧感がありません。話し方もソフトに「漠然としているので、全く知らない人には頼めなくて」とちょっと困ったように話し始めました。

「将棋塾を準備しています。大通りに面した一階に場所を借りました。看板を出しても他にもあって紛れてしまいます。そこで‥‥、大きなガラス窓に目をつけたのです。2メートル以上の絵を貼ったらアピールできる!!と。でも、子供たちが集まってワイワイしているときは、大通りから見えるように外したい。しかも、事務員でも簡単に取り扱いできるようにしたいのです。

お金をかければいろんな手段があると思います。でも、将棋関連に投資したいので、絵は安価にしたい。さぁ、どうしたら‥‥と悩んでいたら『門間さんは、ガラスに絵を描く人ではないけれど、画廊で実験的な展示をする人だから、きっと一番適した方法をゼロから考えてくれるでしょう』と紹介してもらったのです」

さてさて、難題です。しかし、それでも糸口はあります。

ゴールだけが見えているときは、現状は脇におくのです。Oさんの話を詳しく聞いて、絵に求める最低限の条件をまとめました。

道ゆく人に塾が浸透するまで一年あればいい。だから一年くらいの耐光性がある絵の具を使う。

ガラスは梅雨や冬に水滴が溜まるので耐水性がある絵の具を使う。

女性の事務員さんでも簡単に持ち運べる軽い材質に描く。

絵を貼っていても厚手のカーテンに光が通るくらいの光が届くように材質と絵の具を選ぶ。

そして、安価である!

条件がはっきりしたので、今までの実験的な制作の蓄積から、さまざまなアイデアが頭をかけめぐったあとに、自然と結論が出しました。

一年ほどの耐久性ならば、ペンキで十分。

ペンキなら耐水性をクリアする。

ホームセンターに売っている半透明の軽い板材を使う。

半透明なのでペンキで描いても厚手のカーテンくらい光が届く。

そして、ペンキも板材も安価!

Oさんに伝えると「ぜひ、その方法でお願いします!」顔が輝きました。

このやり方は、今、バックキャスティング(backcasting)と言われて、未来ビジョンや中期経営計画策定などさまざまな経営テーマに活用されています。また、SDGsはバックキャスティングの発想から目標設定されています。

変化を生み出すとき、現状からどんな改善ができるかつみあげていく考え方をフォアキャスティング(forecasting)、未来から逆算して現在を考えるのをバックキャスティング(backcasting)といいます。

SDGsは「やり方はわからないけど、2030年にはこういう状態になっている必要がある」と、ゴールから今何をしたらいいのかを考えているのです。

問いの立て方によって、答えが変わります。だから、質問をする前に、「適切な問いはいったい何か?」を先に考えることが本当にほんとうに大切です。

実は、オーダー絵画でのセッションは、主にバックキャスティングの問いで対話します。クライアントのゴールを描くサポートをしながら、何を描いたら一番いいのかを共に考えていくのです。適切なバックキャスティングの問いを積み重ねることは、技術の一つでもあり、対話の要(かなめ)にもなっています。

Oさんは、悩みがクリアしたことで、「実は、飛行機を描いてほしいのです。ジェット機でなく、プロペラ機。一人ひとりの子供たちが努力する中で、向上心と相手を思いやる優しさが身についていくイメージを重ね合わせたい。あと、子供は飛行機が好きなので、道ゆく親子の目を引きます」と、力強く語りました。

「では、世界で初めてニューヨークからパリまで無着陸飛行に成功したリンドバークの乗る飛行機、ライアンNYP−1のプロペラ機をモデルにしたらどうですか?」すぐさま浮かんだものを伝えたら「それはピッタリだ!」と決まりました。

そして、描かれた飛行機は一年ほど通りを彩り、塾のHPにも次のように紹介されていました。

「今まで何回悔し涙を流したことがあるでしょうか。何回、次に勝つための努力をしたことがあるでしょうかうまくいかないゲームをリセットしたことはありませんか?次から次に発売されるテレビゲーム、上手になるとその先にあるものはなんですか?

『負けました』をたくさん言って、少しずつ強くなってください。少しずつ逞しくなってください。気がついた時には、あなたは強くなろうとする向上心と相手を思いやる優しさが身についているはずです。

それがこの飛行機、SPIRIT OF C&C

 Communication and competition の精神です」

その後、塾はTBSニュース番組で紹介されたり、塾生が小学生文部科学大臣杯東日本大会で3位になったりと、順調に発展しています。

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