
「黄色い花なのに、舞い上がっている部分にピンクを足す」と言われて、えええっ?と思いました。黄色い花は舞い上がっても黄色いでしょ。「ピンクは変ですよ」言い返すこともできるかもしれません。
でも。
変だ。おかしい‥‥、こそが、大切。
オーダーの<ツボ>が、潜んでいるからです。
厄介なことに、イメージが浮かんでも「なぜそうなのか」を説明できないのです。対話していて気がつきました。Tさんのように色だけだとしても、言葉にするには色彩心理や色彩構成の知識が必要です。だから、専門知識を持っている画家が、代わりに考える‥‥。そして、おかしいと思う部分に魅力を見出す。そして、絵につなげる。
すると、その人だけの世界で一つの絵画ができあがる。
約10年前に、クライアントのイメージや言葉の重さをあらためて教えてくれたのが、Tさんでした。
「女性を癒す配色と、心が和む優しく深い絵肌がいい。心身を若々しくきれいにする美容室から。ちょっと遠いけど静岡まできてくれませんか?」と言う言葉に、ピンク、オレンジ、薄いパープルが基調の構想を携えて、静岡に向かいました。



クリスマスツリーが飾られた広い美容室を拝見しながら構想の話をしました。
考えていった色合いは、美容室にもTさんの好みにもバッチリ合っていました。安心して帰ろうかと思った時、
「せっかくだから、馴染みの店でご馳走します。お好み焼き、美味しいのですよ」どこかなつかしさを感じるお店に連れて行ってくれました。オーダー画家としてまだまだ駆け出しの頃。
Tさんの美容師としてのこだわりを聴くことは、私にとって学びでもありました。



「幼い頃は人見知りが激しく引っ込み思案だったけれど、人と違うことをやり遂げたいと思っていました。今考えてみると、仕事に一切妥協しない原動力になっています。美容師になりたての頃、技術を磨くためにあらゆるコンクールに出て腕を磨きました。
その後、地元にて開店。理想の美容プロダクツ、傷まないヘアカラーの研究。さらに、個性美学やパーソナルカラー診断など、ひとり一人の個性に似合うカラ-へ。そして、毛髪本来の再生力の大切さを多くの方に伝えるようになっていきました。だから、今は、美容室と言うより、治療院。リラックスしてくつろげる、リフレッシュできる空間。疲れた心も癒し、心身を若々しくきれいに変化させる場でありたいと思っています」
「髪を切る・・・・、そこからここまで深く研究できるのだ」ぐっと惹き込まれました。
そして、アトリエに戻って3つの案を描きました。
下絵1。【目に見える髪に対する美しさへの働きかけ】と【目に見えない心と身体に対する働きかけ】を、上下の対称で暗示。
下絵2。お客様への愛情、思いやり。「女性を美しく引き立てたい、敬意をもって可能性を引き出したい」気持ちを、髪飾りのイメージに。
下絵3。2、の気持ちを、花束と花束から羽毛のように広がる華やかさと花畑のイメージで。3は、色違いも描きました。




「3-1が気に入りました」Tさんからメールの返信が返ってきました。妥協なき言葉が続きます。「舞い上がっている花弁に、もう少し「ベージュっぽいピンク」もしくは「サーモンピンク」を足すことはできますか?右下に描いてある腕を、3-2のように薄くすることはできますか?」
黄色い花弁にピンクが入る。これが、私にとって難問でした。黄色い花が散る時だけピンクってないでしょ、が、当たり前ですから。
10年オーダー経験を積んだ今なら、一瞬でイメージも説明もできます。思い浮かべるイメージは、経験や個性、価値観などが潜みがちなのを知っているからです。例えば、美容師でありながら、美容だけでなく治療に踏み込んでいるTさん。複数の領域をまたがって考える人です。それが、イメージに結びついた時、黄色を複数色で感じる‥‥十分あり得ます。
でも、この時は悩みました。悩んで、いろいろ考えて、花畑のピンクに溶け込むように2枚描きました。その後も光を加えるなど、わずかな違いを重ねていく中で、下絵が決定しました。Tさんは、静岡から東京に来た折に、わずかの違いを描き分けた絵を並べてとても嬉しそうに写真を撮りました。






の後、本画では、微細な雲の揺れ動きとなって加わり、本画が完成しました。
「早く手に入れるために静岡に絵を送ってもらうよりも、門間さんの話を聴きながら絵を受け取りたい」わざわざ東京のバーで開いた主宰イベントに足を運んでくれました。

「いよいよですね!」絵と対面し、じ〜っとみて、
「パッと見た時に“何かこの絵は違うよね?”みたいな、何とも表現しようのない存在感と深みや奥行。一番驚いたのは、キャンバスに向かってただ絵の具を載せた、平面的なのっぺりとした印象ではないこと。
濃い色から次第に薄い色へと絵の具を何層にも幾重にも積み重ねていく、まるでミルフィーユ仕立てのパイ生地の様に仕上げる‥‥。『たった1枚の絵にここまでの愛情を注ぎ込む』実に細かい所までの創意工夫。
優しいながらも存在感を際立たせるよう、「使用する絵の具は全て厳選した材料によるオリジナルブレンドで、表面に敢えてザラザラ感を残す仕上げ!」等々、自然な質感を出すための絵の具へのこだわりです」とにっこりしました。

美容師として技術を磨き続けてきたTさんには、絵の技術の話もとても面白かったのでしょう。絵の材料、描き方などの【他の画家との違い】を話すたびに、ヘェ〜、ヘェ〜と、感嘆のため息をついて絵を眺めていました。
自分だけにしかできない仕事を追求してきたTさんと、黄色い花が散っている部分だけにピンク色が入る唯一無二の表現は、表裏一体。その様子を見て、改めて実感しました。

そして、静岡に絵を持って返ったTさんからメールが届きました。「美容室にと待ち望んだ素敵な作品をどうもありがとうございました。今は絵を直に飾っていますが、早く額に入れたいと思っています。まずは、この絵がどんな幸せの連鎖が巻き起こすのか?乞うご期待です」
